麺に関わる情報・リポート・論文の専門誌
アジア麺文化研究会・日本うどん学会 合同研究会 シンポジウム
「麺、新しい世界への展望」より抜粋
競合と融合の実像
上田  次に、日本人はなぜ外国の麺を素直に自分たちの食文化の中に取り入れることができたのでしょうか。つまり、主食と副食という組み合わせが普遍的であるにもかかわらず、両者を兼ね備えたような麺を、しかも五感や文化が違うにもかかわらず取り入れたのはなぜなんでしょうか。
坂口  ひじょうに難しい問いかけのような気もしますが、一般的には、日本人が、よく言われているように、異文化の受容能力が高いということがありますよね。それに、先ほど言ったように、麺というのが文明のOSとしてひじょうに使いまわしの利く土着化しやすいものだったということですね。粉にする技術を伴って粉にしてしまえばあとはどう加工し調理するかという、比較的簡単だが奥は深いといったところがあります。あとは小麦の生産力の問題なんですが、そういう意味では、たかだか100年くらいの間ですね、庶民が口にできるようになったのは。ただ、それがずっと引き継がれてきたのは、やっぱり日本の土着能力とか感性とかがあったんじゃないかという気がします。
逆に、海外に行ったとき、日本では考えもつかなかったような麺文化が展開する可能性があるわけです。すしで言うと、「カリフォルニア巻き」みたいなトンデモナイものなど、けっこう美味しいものがありますよね。そうなったときに、ほんとうに面白い麺の世界が広がっていくんじゃないかという気がします。
上田  井上さんいかがでしょう?
井上  日本人って柔軟性に富むという国民性が絶対にあると思うんですね。アンパンとかカレーうどんとか焼きそばパンとか、今まで庶民が好んで食べていた食べ物のいいとこ取りをしてくっつけてしまったりする。中国から伝来した麺も好き勝手に解釈して自分たちのものにしてしまう。
例えば、大ざっぱに言えば、東日本は、麺というのはどちらかと言えば「食事」なんですね。西日本は、どちらかというと「スナック」なんですよ。例えば博多ラーメンは普通麺の量が80グラムから100グラムなんです。おなかがいっぱいにならないように食べるんですね。どちらかというと、スープなんか、浸けスープみたいな感じで、全部飲まないんですよ。これが東北に行くと、例えば白河あたりだと、麺がいきなり増えて150から160グラムくらいにあるわけですよ。『大勝軒』、大行列で有名な池袋にある店なんですけど、麺が300グラムくらいあるんです。高田馬場の『べんてん』とかは大盛りは1キロあるんですよ。それくらい麺の量からして違うわけで、それが食事として成立している。主食としてとらえているということなんですね。
西日本というのは、中国文化に近いのか、スナック感覚で何かと付け合せで食べるという習慣がありますね。僕は7〜8年前まで東京に住んでいたんですけど、こっちに来てビックリしたのは、うら若きOLが、うどんを頼んでさらにおいなりを食べている。「食べ過ぎだろ、それって」と思ってしまう。それくらい感覚や捉え方が地方地方で違うんですよ。麺というものを、主食にしてみたり、おやつにしてみたり、飲みのあてにしてみたり、いろんな解釈でさまざまにカタチが変わっていたのだと思います。
もう一つの問題ですけど、スープの材料が比較的手に入りやすかったという点が見逃せないと思います。例えばトリガラでとる醤油スープ。とんこつスープとかがわかりやすいと思いますけど、安い材料を手に入れてどう美味しくするか?と格闘するのが日本人は上手なのかもしれませんけど、さらにもう一つ大きな、麺文化が定着した理由として醤油文化ということもあると思います。醤油があったからこそ、どんなダシを使っても比較的容易に味が出せたのではないかと思います。
上田  いろいろと麺の多様性な可能性をお聞きしたような感じです。
本日のテーマ「競合と融合」は、国内的にみますと、例えばご当地の博多ラーメンと札幌の味噌ラーメンといったような、それぞれの地域地域で独自の麺があるわけですけど、これらがこれからもお互いに競争しながら競合と融合を繰り返していくことになるんでしょうか。このへんについてご意見をお聞かせください。
武林  香川県庁所在地の高松市は福岡市より小さい都市ですけど、四国では唯一支店経済の町であります。ですから全国各地からの転勤族が多く、そのような方が讃岐うどん巡りをし、次の勤務地に行ってやっぱりうどんより博多のラーメンがうまいぞ、札幌ラーメンがうまいぞ、などと麺論議をします。それをうまく取り入れる店もありますし、サラリーマン生活に終止符を打って独立するラーメン店主もおられるでしょう。そういったところで、競合と融合が自然と行われるんじゃないでしょうか。ラーメンのいいところ、うどんのいいところ、博多のいいところ、札幌のいいところ、こういったものを上手に取り込むもとは、人の交流にあるんじゃないかなと思います。私の女房は小倉生まれなんですけど、焼きうどん発祥の地が小倉と聞きまして食べに行きました。大して旨くはなかったんですけど、これが発祥の地の焼きうどんかなということで味わいました。人と人の、そして男女の出会い、交流がすべての原点と思われます。

(中略)
沖縄そばの場合
上田  西表先生いかがでしょう?
西表  ご当地麺の戦いというふうに言いますと、沖縄のそばは実は「閉鎖麺」だろうと思うんですね。県外になかなか持ち出せない。というのは、先ほどの公正取引規約の中に、「沖縄で茹でて何日か以内に出さなければならない」とかいろんな制約があるわけですね。ですから県内でしか消費できないのです。おそらく沖縄の麺が競合と融合の面で、展開するとすれば、そういう規制を乗り越えていかなければならないのではと思います。
 逆に、例えば讃岐うどんが沖縄の麺業界に殴りこみをかけるとどうなるだろうかということですが、実際に流行らないと思うんですね。県民の志向する食の習慣というんでしょうか、県民性のアイデンティティーを考えますと、競合・融合が展開していかないんじゃないかと考えます。
 けっきょくご当地麺はご当地にあって初めて観光資源になるわけで、暑い地方寒い地方それぞれ感受性が違いますから、独自性と画一性の調整が難しいかなと、関心をもっているところです。
上田  数納先生いかがですか?
数納  ラーメンとそば、といったものの競合といった場合、やっぱりそれぞれの個性を生かしながら棲み分けをうまくしていくことかなと感じています。で、その個性を生かす或いは残すということをどのように展開していくのかというのが大切なものであって、それが文化というものなのかなという気がしています。先ほど東京の順応性という話がありましたけど、寄せ集めの街ですので全国各地からいろんなものが集まって美味いところ取りをするところなんですね。それじゃ東京の個性は何かいうと、いまいち見えない。逆に、それが東京の個性かなという気もします。ですから「文化」というのが果たして何なのかを一番最初に議論すべきだったかなと思っています。

(後略)

上田喜博=四国大学
坂口光一=九州大学
井上知弘=鞄d通九州
武林正樹=潟Zント・レディス
西表 宏=香蘭女子短期大学
数納 朗=(社)日本農業法人協会