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第5号 長崎・島原半島のサツマイモ押し出し麺「六兵衛」(松島 憲一)より抜粋
  「六兵衛」は島原半島独特の麺料理である。島原半島には同じ麺でも「そうめん」が伝統的な食文化として存在し、現在では夏の御中元用贈答品としても全国的に有名である。 しかし、全国津々浦々にそうめん産地があるのに対して、この六兵衛は島原半島(と対馬、後述)でしか見られないことから、六兵衛こそが島原半島を代表すべき麺料理というべきである。
 まず、その製法であるが、日本の麺類の中では特異な製法により作られる。日本の麺といえば、「そば・うどん」が代表的であるが、これらはどちらも伸ばした生地を細長く切って製麺する、「切り麺」である。 また、島原でも古くから作られている「そうめん」は生地を細長く伸ばして製麺する「手延べ麺」である。これに対して、六兵衛はこねた生地を穴の開いた装置に押しつけ、その穴から押し出して作る「押し出し麺」である。押し出し麺はアジア各地で見られるが(石毛1991)、日本の伝統的製麺手法ではほとんど例がない。
 さらに材料についても特筆すべきものがある。六兵衛の材料は小麦粉でもそば粉でもなく、サツマイモ(地方名「トイモ」)の粉を使うのである。サツマイモを材料にした麺は九州各地にあったとされるが(吉川・大堀2002)、筆者の知る限りでは、現在、この六兵衛と大分県姫島のイモキリ(吉川・大堀2002)だけである。

(中 略)

 六兵衛は江戸時代後期に島原半島、今の深江町あたりの名主をしていた人物であると伝えられている。寛政4(1792)年に雲仙普賢岳が噴火した「島原大変」の際(『聞き書 長崎の食事』によると天保の飢饉の際)、その影響で作物が不作となり、元々痩せた土地でもあった同地域は深刻な食糧難に陥っていた。名主の六兵衛は、稲・麦に比べ痩せた土地でも栽培が出来るサツマイモを栽培し、その保存・利用の一つの方法としてこの麺料理を考案したとされている。これが「六兵衛」の名の由来である。
その功を讃えてか、今日では深江町のイメージキャラクターとなっている。

(中 略)

 また、この他のサツマイモのデンプンを使った押し出し麺といえば、「チャプチェ」と呼ばれる炒め物料理に使われる韓国春雨が挙げられる。中国の春雨は緑豆を原料とするが、韓国春雨はサツマイモの精製デンプンにより作られており、中国の春雨より太くて黒ずんだ色をしている。
 六兵衛と韓国春雨が「サツマイモ押し出し麺」であることで共通することは紛れもないが、調理法、見た目において両者はかなり異なるものである。しかし、韓国に近い対馬の六兵衛が精製したサツマイモデンプンで作られた押し出し麺であり、島原の六兵衛よりも幾分、韓国春雨に近いといえることから、三地点の地理的距離と相関があるように思える。朝鮮半島から対馬を経て島原半島にかけての間で、サツマイモの押し出し麺に関するなんらかのつながりがあるのかもしれない。