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      オリバーソース株式会社・代表取締役社長 道満 雅彦 氏
神戸とソースとコナモン文化
インタビューアー 本誌編集長 奥山 忠政
(前略)
 『とんかつソース』の誕生とコナモン文化
道満 ずっとウスターソースをつくり続けていたんですけど、たまたまウチの親父(道満俊彦)が東京でおもしろい情報を仕入れてきた。ご存知のように、トンカツ文化は昭和の初めごろ上野や浅草で誕生するのですが、戦後それが大ブレークする。そこで使うソースはどうしているかといえば、トンカツ屋の主人がウスターソースを買ってきて、小麦粉か片栗粉か知らないけれど、そんなもんを配合してトロ味を出していた。なぜソース屋がそれをつくらないかというと、流通の途中で発酵してガラス瓶が破裂してしまうからです。祖父は自分の会社でその問題を解決しようと思い立ったんです。  結論をいうと、コーンスターチを使うことで解決しました。コーンスターチを混ぜたソースをいっぺん炊くんです。96〜7度まで温度を上げてやると、デンプンの鎖が離れずかつ殺菌できて安定するということを発見しました。こうしてトンカツソース(商品名は『とんかつソース』)の最初のメーカーとなったわけです。昭和23年(1948)の発売です。初め10年くらいはウチしかなかったもんですから独壇場で、飛ぶように売れたって聞いています。
奥山 なるほど。
道満 その後『とんかつソース』は、われわれが意図しなかった使われ方をするようになりました。当時流行り出した「お好み焼き」、ちょっと遅れて「焼きそば」ですね。もうちょっと西に行くと、それまで出汁や醤油で食べていた「たこ焼き」にトンカツソースをそのまま塗って食べるという文化が発達しました。こうして、神戸を中心として明石から京都まで、「ソース文化=鉄板焼き文化=コナモン文化」ができあがっていくわけです。  とくに「焼きそば」はトンカツソースと同時に誕生したと言えるんとちがうでしょうか。もともと焼きそばいうのは、「五目焼きそば」のような、あんをかけた中華風の手のこんだもので、戦後のモノのない時代に庶民が簡単に口にできるものではない。だからソースでごまかして、手っ取り早く食べれるようにした・・・。
奥山 コナモン文化の発祥について、もう少しお話しいただけませんか?
道満 神戸の場合、新開地とか福原のような歓楽街があって、すぐ隣に三菱とか川崎のブルーカラーの街があるわけでしょう。少し離れた元町・三宮にはハイカラな店が並んでいて、そこから最先端の情報が流れてくる。こういう地理条件の中で新たな食文化が芽生えた。
奥山 マージナルなところ(境界地帯)でジャンクフードが誕生しソースとマリツジ(縁組み)した。そして洗練されていった・・。
道満 そう。われわれの会社が神戸にあったということは、ものすごく影響があった思いますよ。
奥山 そりゃそうですよ。
道満 戦後のドサクサの中で食に飢えていた人たちが洋風文化としてのソースに接したときの驚き・感動はすごかったでしょう。バカ高い舶来品でなくて、手の届く国産品でエキゾチズムが味わえる。そんな雰囲気の中から甘酸っぱいトンカツソースが生まれた。  おそらく東京では無理だったでしょうね。わざわざ面倒なことをしないでも売れてるワケだから。ウチは出来立てホヤホヤの会社でしたから、いろいろせんといかんいうことで、トンカツに活路を見出そうとしたんです。

(中略)

奥山 『どろソース』というのが別にありますね。これはどんなコンセプトの商品でしょうか?
道満 もともとウスターソースをつくる際、野菜・果物・香辛料などの不溶分がどうしても沈殿するんです。メーカーは歩留まりを上げるため原料にエキスを使うなどしてこれをなくそうとしていました。ところが早くからこの沈殿物に目をつけた一部のお好み焼き屋さんがおられて業務用にお頒けしてたんです。決してカスではないんで、独特の風味がありましたから。そこで逆転の発想をして、沈殿物をむしろ増やして安定供給できる目処をたてて、一般家庭用に製造したのが『どろソース』で、平成5年(1993)の発売です。お蔭さまでこれも評判をいただいております。

日本に特異なソース産業
奥山 ウスターソースの世界はどうなってるんでしょう。
道満 悲しい話なんですが、ウスターソース自体は世界的に需要が減ってるんです。それでウスター市にはソース屋さんがゼロになってるんです。世界で一番古い「リー・アンド・ぺリン」はハインツの傘下に入ってオランダに行ってしまったし。現在ソースといえば、『タバスコ』に代表されるアメリカの辛味調味料くらいになってしまいました。先般同業者とウスター市を訪れた際、市長に、日本でウスターソースがもてはやされていることを話したら、「そうか、ウスターと書いてくれてるか」と大喜びしてました。
ウスター市長にウスターソースを贈る
<<ウスター市長にウスターソースを贈る>>
奥山 やっぱり日本は特異なんですね。
道満 地球規模で見て、ひじょうに稀有な調味料ですからね。
奥山 日本のソース市場はどうなっていますか?
道満 ウスターソースやトンカツソース(濃厚ソース)など含めて、600億〜700億の市場がずっとあります。何といってもお好み焼きを初めとするコナモン文化が育っているお蔭です。広島のオタフクソースさんのようにどんどん躍進しているところもあり、われわれも少しずつですが伸ばさせていただいているんで、日本のローカルで生き永らえているという意味からすると、やはり特異な国なんでしょうね。
奥山 コナモンに次ぐ用途分野はトンカツですね。
道満 トンカツです。
奥山 ほかにどんな分野がありますか?
道満 量はそうないんですが、「焼きそばパン」があります。昔からの隠れたヒット商品です。ウチはパン屋さんとかなり取り引きしてます。基本的に、ソースと小麦粉は絶対に合うということです。
奥山 ソースメーカーは日本に何社くらいあるんですか?
道満 だいたい100社です。ひところ200社ほどありましたから半分になりました。おそらくここ10年で50社くらいになるでしょうね。燃料代の高騰など逆風が吹いているのと、企業間の価格競争が激しいですからね。それ以上の大問題は、大量買付けでないと野菜・果物・液糖などの原料が手に入らないことです。価格じゃないんです。とくに液糖なんか奪い合いで、製糖会社からすると割り当て制みたいな妙な状況です。その上バイオエタノールとの競合で値上げが続いているでしょう? 根が深いですね。
奥山 「液糖」ってどんなものですか?
道満 サトウキビの搾り汁をグラニュー糖に加工していく過程でできる中間生成物です。国内の製糖会社の何社しか出荷していないんです。
奥山 代替品はないんですか?
道満 黒糖を使うとかいろいろ研究してますけど、今のところ液糖に代わってコクを出せる材料というのは見つかっていません。

(中略)

「温故知新」の復刻ソース
奥山 ところで、60年前の『とんかつソース』の復刻版を6月から販売しておられますね。どのようなお考えからですか?
道満 最近は、広島のソースに代表されるように、ひじょうに甘口のソースがもてはやされていますが、関西のソースの味とはもっと酸味があってスパイスも利いた味だったんです。このままではソース本来の味が忘れ去られるのではないかと危惧し、ちょうど『とんかつソース』発売60周年を期に、ソース本来の味を思い出していただきたいと考えて発売しました。
奥山 反響はいかがでしょう。
道満 昭和レトロがブームのせいか、マスコミ各社で取り上げていただいています。スーパーの店頭に並ぶのは、通常3月と9月の年2回の棚替時になりますので、6月発売のこの商品が店頭に定番として並ぶのは9月ごろからになりますけど、さっそくコープこうべさんなどからスポット企画で取り上げていただいています。
奥山 余談になりますけど、「ソース」は、「添加調味料」というより「薬膳食品」のイメージです。そういう観点からもっと理解されていいんじゃないかという気がしますけど。
道満 ソースはひと言でいえば「味つけした野菜ジュース」と理解していただければ一番間違いのないところです。主原料のトマト・たまねぎ・りんご・人参といった野菜・果実に、酢・砂糖・塩・スパイスで味を整えたものがソースです。ノンオイルでカロリーも低く、塩分も醤油の2/3ですから、ほんとうにヘルシーな調味料です。


ウスター市に「たこ焼き」を ?!
奥山 これまでお聞きしていて分かったんですけど、トンカツソースとウスターソースは本質的に別物なんですね。そもそも「トンカツ」そのものが日本独自のものですし・・・。外国にトンカツソースのようなものがありますか?
道満 ありません。不思議なことに、お好み焼きやたこ焼きを食べた外国人はみんな美味いって言うんですよ。こんな美味いもんが自分の国にあったらっていうような話をするんですけど、それを真に受けてお好み焼き屋ができたりしてるんですけど育っていませんね。パリにもロンドンにもありました。モスクワやニューヨークにもあるそうです。しかし寿司ほどの食文化を生んでいない。ほとんど日本人観光客ばかりです。なぜかよく分かりません。しかし考えてみれば、寿司だっていきなりブームになったんじゃない。キッコーマンの醤油進出があって、初めはアイスクリームにかけられたりして、やがてテリヤキが知られるようになり、生のサカナを食べるから日本人は長生きするといった情報が伝わったりして徐々に育っていった・・・。
奥山 一つの文化を作り上げるわけですから、ステップ・バイ・ステップですよ。つい最近のニュースですが、オーストリアで開催されている世界的な品評会「モンドセレクション」で『八ちゃん堂』の冷凍たこ焼きがグランプリを獲得しました。
道満 ほう。初耳です。
奥山 それから、ご存知の熊谷真菜さんがブルネイにたこ焼きのノウハウを伝えて好評のようです。
道満 ブルネイってどこにあるんですか?
段林 ボルネオ島の一角です。
奥山 それと、『築地銀だこ』が香港・台湾・タイに10店舗ほど展開しています。
道満 今のたこ焼きは必ずソースがついていますからね。じつはウチも十数年前韓国にお好み焼きの店を7店出したことがあるんです。ソウルの学生街・新村に4店、大邱に1店などです。3〜4年やりましたけど、いろいろ問題があって撤退しました。もしあのまま続けていたら、韓国の若い人にソースの味が根深く刷り込まれて、今ごろちがう方向になっていたかもしれませんね。
奥山 海外でたこ焼きやお好み焼きをこまめに普及させていく努力を重ねていけば必ず結果が出てくると思います。
道満 本腰を入れてこのソース文化を広めようという、やる気のある人が出てきたらほんとうに広まると思う。現地の食文化に合った新しい味覚の開拓も含めて。ただね、広げることによってわれわれにメリットがあるかといえば、ひじょうに疑問です。
奥山 どういうことですか?
道満 海外で現地生産されてしまうということです。醤油や味噌とちがってそんなにノウハウが要るもんでないし、ひょっとしたら自分のクビを絞めることになるかもしれない。逆に、今なぜ海外で生産しないかって言われるんですけど、これだけ市場価格が下がってしまうと、日本に持ってきても採算が合わないからです。
奥山 海外でつくって日本にもってくると限らずに、現地で消費させるという「味覚開拓」にもっと自信をもっていいんじゃないですか?いっそうのことウスター市でたこ焼きを始められたらどうでしょう。
道満 シェイクスピアが生まれたストラトフォード・アボン・エイヴォンやオリバー・クロムウェルの戦跡が近くにあって、けっこう日本人観光客が多いしね。たこ焼きそのものは完全にむこうでできます。小麦粉は問題ないし、タコは日本でもアフリカ産だし、問題はソースだけど・・・。
奥山 現地であらためて投資をするほどでもないでしょうから、日本からもっていくしかありません。ウスターソースの、型を変えての里帰り。「オリバー」という名前もいいし。
道満 ははは。将来性はあるかもしれん。需要の伸びというのは、むこうは2倍3倍やなくて、50倍60倍の世界だからね。
段林 ウチが韓国で失敗したのは、早すぎたからかもしれません。今海外でこれだけ日本食ブームになってくると、欧米人の見方がちがっている思います。
奥山 日本発ソース文化の中核となられることを期待します。お忙しいところ、有難うございました。(完)