麺に関わる情報・リポート・論文の専門誌
「カツオのお茶漬け風ラーメン」(奥山忠政)より抜粋
  「ラーメン」とは何か。あらためて考えさせられるような事態がつぎつぎと出現している。そんな折も折、『日本経済新聞』(九州版)の「高知県の女子短大生が考案したカツオのたたき入りラーメンが地元ホテルのビアガーデンで人気を呼んでいる」という記事が目についた。たいていのことには驚かない。だが今度はちょっと気にかかった。『ホテル日航高知』がかかわっているというのだ。
  10月3日午後、徳島県の祖谷で「そば」の取材を終えると高知に向かった。クルマは谷間から這い出るように山道をつたい、1時間ほどで県境の京柱峠に着いた。南に広がる高知の山並みがまぶしい。
  峠を下るクルマの中で、8年前の北京の夕食風景を思い浮かべていた。
  1週間近くの中華料理に食傷した一行から「簡単なものでいいから何か日本の料理を」という希望が出て、「ではラーメンにしましょう」ということになった。「ラーメン」にはちょっと驚いたが、結論を言って一同大満足であった。大鉢の料理はラーメンなどでなく、「具だくさんのスープ煮込みうどん」だったのである。しかもそれが飛びっきり美味しく、ことにスープが、五臓六腑にしみわたった。うどんがこんなに美味しいものかと初めて知った。
  あとで解ったのは、中国では、「ラーメンは日本の麺料理」と認識されているということだった。
  では、いったい「ラーメン」とは何か。筆者はそれまで「一義的には中華麺を醤油ベースのスープに沈ませ、チャーシュー(焼叉)をトッピングした料理」としていた。その上で、「チャーシュー」が「煮豚」に代わってもよい、さらにローストチキンやラムになったとしても「ラーメン」でよいではないか、スープは味噌味・塩味・白濁とんこつ味と進化してきたが、これも元気な証拠であり許容しようと寛大に振舞っていた。しかし、「中華麺」だけは絶対に譲れない一線であると、頼まれもしないのに固執していた。だが、本家の中国でこうあっさり破られては面目丸つぶれである。このころから「ラーメン」観がゆらぎ出す。そのうちビーフン麺の「タイラーメン」が認知される形勢になってきた。こうなったらもう一度「豚肉」とヨリを戻すしかない。その矢先の「カツオのお茶漬け風ラーメン」である。
「高知にラーメンの将来を探りに行ってくる」と言ったら笑われた。健全な精神である。申し訳ないが、こちらは健全な精神には見えないものを見に行くのだ。屋台生まれの「ラーメン」は「路地CUL(ロジカル)」であり、高級ホテルやX星レストランとは本来無縁の世界だ。それが、この「カツオのお茶漬け風ラーメン」には高級ホテルがかかわっているのである。このミスマッチは、健全な精神も健全でない精神も刺激する。
  ラーメンの今日的課題は何か。さまざまな視点のありうる中、筆者は迷わず「健康」を第一に挙げる。ある会社の食堂では、ラーメン鉢の内側にぐるっと線が引いてあり、「スープはこの線以下を残すように」と警告しているそうだ。「食べ物は心を豊かにし体を健康にする」というのが食文化の基本理念であるなら、「ラーメン」はまだ文化の域に達していないということになる。「滋養」と同義語のような「スープ」が、なぜ「脂肪と塩分の濃縮液」になってしまったのか?
  「お茶漬け風」というのは、案外『来来軒』の「ラーメン」に近い味付けかもしれないという想像がまずあった。『来来軒』は明治43年(1910)に東京浅草で初めて「ラーメン(支那蕎麦)」を出した店である。日本蕎麦の味付けに引きずられていたとしても不思議でない。「お茶漬け風」の味が受ける現象に「和風回帰」があるとするならそれはそれで一つの発見である。「ラーメンの将来を探るため」などと言えば、考案者の女子短大生は仰天するにちがいない。ただ、筆者にすれば何かの兆候だけでも嗅ぎ出せれば高知まで足を伸ばした甲斐はあったというものである。
  即席カップラーメンの乾燥チャーシューは実に不味い。あんなものとあきらめているから、誰も不満を言わない。代わりにカツオのたたきを載せたらどうか。
  高知の人らしい発想である。カツオ節のもとを使うのだから和風の味になる。クセのある中華麺だからもう少しコクがほしい。そこで昆布とカツオ節で引いたダシを加える。せっかく付いている粉末スープは玄米茶で溶かそう。特有の臭みも気にならなくなるに違いない。最後に、青ジソ・白ネギ・ヤッコネギを載せて「カツオのお茶漬け風ラーメン」のできあがり。
  日本即席食品工業協会主催の「インスタントラーメンオリジナル料理コンテスト・西日本大会」で見事優勝した高知学園短期大学・生活科学学科1年生(現2年生)の山根京子さんの作品である。コンテストには500人が書面で応募し、審査を通った12人が2月4日、本番で競った。「たたきもスープも、とにかく美味しかった。生に近い魚をラーメンに入れるという発想がすばらしい。手軽な食材を使って地産地消もしっかり表現している」と、審査員は絶賛した。
  ニュースを知って地元企業が商品化に関心を示した。まずスーパーだが、試食もせずにボツにした。ある料理店は試食をしたがこれもボツ。そもそも「進取」を旨とするラーメン精神を持ち合わせていなかったのだ。意外にも味に一番うるさいはずの『ホテル日航高知』が関心を示した。坂本雅彦マネージャーのねばり強い説得で、和食調理長の竹村弘樹さんが手直ししたものを、5月11日オープンのビアガーデンのメニューに出すことになった。これが予想外の人気を呼び、多い時で1日180杯、9月8日のクローズまで1万2000杯出た。味をしめたホテルではレストランで9月以降11月末までの期間限定メニューで出すことにした。

  『ホテル日航高知』のレストランで試食した。正直なところ、麺とスープにひと工夫もふた工夫もほしい。カツオのたたきが自己主張し過ぎる。要するに、ラーメンバランスが未完なのだ。
  関係者の注視する中、いつしか「ラーメン」を論ずる羽目になっていた。だが声はむなしくコダマするだけだ。ふと気づく。そうか、私はイスラム世界で仏法を説いていたのだ。
  京柱峠から眺めた高知の風光を思い出す。この風土は「ラーメン」を生まなかった。だいいちコムギがとれない。異文化との交流がほとんどない。養豚の伝統が薄い(近藤日出男『高知の食文化史〜何を食べてきたのだろう』〈高知新聞社〉に「豚」の記述がない)。こう考えてくると、「ラーメン」はこの列島の北半分、ことに北に開かれた(海が北にある)地域に生まれたことに思い至る。豊かな自然をもつ南国では、ラーメンを生んだ飢えや生活の厳しさがないのだ。
  それならそれで、新しい「ラーメン」概念を創ればよいではないかということになる。その際高知の人たちのこだわる「カツオのたたき」を中心に据えるのは自然なことだ。古典的ラーメンも元来「チャーシュー」を活かすことから出発している。「カツオのたたき」に合わせて麺を選び、タレやダシを工夫してアンサンブルを構成すればよい。そして、それを「土佐かつをラーメン」と呼べばいい。
  「地産地消」にはこだわるべきだ。麺は、せめて四国産コムギで風味を問おう。ダシにはトリガラも要るだろう。幻のブランド地鶏「土佐ジロー」が使えれば滋味豊かで美味しく飲み干せるスープができるにちがいない。
  いつしか龍馬の心境になっていた。

  翌日山根京子さんに会った。コンテスト要綱が知らされた直後の授業中に、もうレシピー案ができていたそうだ。特に料理が得意でも好きでもなく、ラーメンもたまに家で袋麺をゆがくくらいという。手直しでは魚臭を消すため刻み海苔が使われたが、もともと海苔はあまり好きでないとも言っていた。要するに、怖いもの知らずの素人が頭で考え出したアイディアなのだ。ラーメンなきクニで生じた特異現象といえる。地元有力銀行に就職が内定しているという山根さんの屈託のない笑顔が印象的だった。
  バトンは竹村調理長に引き継がれた。「高知の新しい名物を創り出すつもりでさらに工夫を加えていきます」という言葉がなかったらこの記事は書かなかったであろう。あとは「いごっそう」精神に期待するだけだ。念のため「いごっそう」の意味をインターネットで調べたら、「ごちゃごちゃ言わず実行する」のほか、「大きな感性で事象を感じ取り、時を見て、やり遂げる」という素敵な講釈が出ていた(文化の県づくりを進める県民ネットワーク)。
  われに帰って「ラーメン」とは何かという課題だが、このツアーで得た結論は、けっきょく設問自体無意味ではないかということであった。概念というか内容というか、それが日々生生流転しているのだ。概念としてでなく、感性を表象する「現象」と理解するほうが実際的であろう。現象を「説明」するという意味でなら、「ラーメンは、思い・願い・愛着・主張が託された麺料理」ということになる。「志」と一語に置き換えてもいい。大切なのはそれを絵空事にしないことで、アイディアを「商品」として彫琢し、ビジネスとして成功させることが持続性につながるという認識である。

  鹿児島県串木野市の「まぐろラーメン」は当初連想したし、実際食べてもいる。面白い着想で美味しくもあったが、「カツオのお茶漬け風ラーメン」ほど興奮しなかった。ふと、ラーメンにめっぽう詳しい井上知弘氏(鞄d通九州)に「まぐろラーメン」の感想を聞いてみた。第一声が「お茶漬けですね」であった。高知のことを話す前である。「ごはんばかり食べていると、たまにお茶漬けが食べたくなるじゃないですか。そんなときのラーメンがあってもいいと思います」と続いた。
  ラーメンカリスマの一人、『一風堂』の河原成美氏が、10月14日、福岡市大名の本店で「松茸土瓶蒸しラーメン」を披露した。「スープは松茸の風味を殺さぬため敢えて動物系の食材を使わず、鰹節、鮪節、昆布、椎茸の素材がベース」「松茸、あわび茸、鱧、銀杏、蟹足を散りばめ、塩豚のチャーシューでラーメンらしさを演出」「午前11時より、限定300杯(1杯1000円)」とチラシにあった。さっそく駆けつけたが、長蛇の列に断念せざるをえなかった。

  ラーメンのダイナミズムはいよいよ健在だ。そして何かが志向されている。ほどなく、その「何か」が姿を現わしてくるにちがいない。         <完>

  高知新聞社編集委員・掛水雅彦氏から新聞記事コピーなど資料のご提供をいただいた。また、料理の写真は『ホテル日航高知』からご提供いただいた。ここで感謝申し上げたい。